#

子どもを伸ばす「求めない子育て」

#

わが子に期待する気持ちはすべての親が抱くこと。
しかし、勉強もスポーツも生活態度も・・・と、つい求め過ぎてはいないだろうか? 
「理想のわが子」を願うあまり、目先の結果にこだわり過ぎると親の思いを子どもに押しつけてしまうことに・・・。
子どもの心を追い詰めずに子どもの個性を伸ばすには、どのように接すればいいのだろうか?

子どもに親の思いを求め過ぎていませんか?

 子どもに期待を抱くのは、親ならば当たり前のこと。重要なのは、そこに「子どもへの理解」があるかどうかだ。子どもの個性や気持ちを十分に理解しないまま、親本位の期待ばかりが先行していると、子どもにとっては「押し付け」になってしまい、子どもに心理的負担を与えるばかりでなく、親子の信頼関係を築く上での障害となってしまう。

 高度成長期に子ども時代を過ごし、恵まれた幼少期を送った現代の子育て世代。豊かで何不自由ない暮らしの中で、自然と求めるものが多くなっている。自らも親の期待と愛情をたっぷりと受けて育ってきた経験から、無意識に過度な期待を子どもに向けていることがあるという。とりまく環境では、高学歴社会、そして国際化社会へと発展と遂げる中で、子どもに「良い成績」「名門の学校への入学」「将来性のある会社への就職」が子どもの幸せと考えるイデオロギーが生まれた。昨今では、スポーツや芸術等で活躍できるようにと、幼少時から英才教育を施す親も増えてきている。そういった子育ての中で、子どもを思うあまりつい求め過ぎてしまい、思うようにならないわが子にイライラし、子育てにストレスを抱えている親は少なくない。

 子どもの幸せを願う気持ちは、親なら誰もが抱くこと。その愛情を素直に表現し、子どもを大きな愛で包んであげるために「求めない子育て」を提案したい。

目に見える成果を求めない

 「できる子ども」を求めるあまり、学校の成績などといった目先の成果にばかり目がいっていないだろうか? 目に見える成果を求め過ぎていると、子どもに無用なプレッシャーをかけてしまいかねない。テストの成績がふるわなかったとき、子ども自身も不安や心配を抱いていることを忘れてはいけない。その時、成果に対する失望や不安といった親自身の思いにとらわれていると、子どもの不安に気づくことが難しくなってしまう。そんなときは子どもを励まし、結果ではなくプロセスを評価してあげよう。

子どもの幸せを願うからこそ抱く期待。いつの時代も、子どもの幸せを願う親の気持ちは変わらない。しかし、時代の変化とともに変わる「幸せの価値観」に影響され過ぎて、その価値観を子どもに押し付けてしまわないよう、目先の成果にこだわり過ぎない気持ちのゆとりが不可欠だ。

大事なことは、子どもの個性や気持ちを理解できているかどうか。子どもは親の期待に応えたいと思うもの。親を失望させないために、子どもは小さな心を砕いている。子どもへの期待感が強すぎると、子どもは失敗を恐れたり、親に本心を言うことができなくなってしまう。また、成長のための自然な挑戦に、いつの間にか消極的になってしまうことも。

子どもは子どもなりに、自立に向かって成長しながら自分自身のことを考えているもの。そこで親本位の気持ちを求め過ぎてしまうと、その成長の芽を摘んでしまうことにもなりかねない。子どもの成長を妨げることなく伸ばしていくには、子どもの自主性や個性を尊重し、子どもの気持ちを理解しながら成長を見守る態度が大切だ。

「比較」をせずに「ありのまま」を受け入れる

 子どもの同級生や近所に住む子どもたちとわが子を比較していないだろうか? その中でわが子に失望したり、必要以上に求め過ぎてしまうと、子どもの個性を傷つけてしまうことも。子どもも一人の人格を持った存在として、それぞれの個性を認め尊重することが、わが子を理解する上でもっとも大事なことだ。

 比較をすることで、わが子の欠点や劣っている点を探さずに、長所を褒め、欠点は「通過点」と考えることで親として正しく導いてあげよう。子どもへの理解は、「ありのまま」を受け入れることから始まる。大切なわが子がのびのびと伸びていけるよう、大きな心でわが子と向き合おう。

求め過ぎないために

 求め過ぎずに子どもに接するには、ありのままの子どものすべてを受け入れる気持ちのゆとりが不可欠。子どもは常に成長段階にあることを忘れずに、「完璧でなくて当たり前」と大きな心で受け止めることが大切だ。

 期待をしてしまうのも自然な気持ち。しかし、そこで一歩踏みとどまり、自分の気持ちを冷静に見つめてみよう。そうすることで、子どもの気持ちを理解する余裕が生まれるはずだ。子育てに追われる日々にあっても、自分だけの時間を持つよう工夫したり、子育て以外の事柄に興味を向けることで、気持ちにゆとりを持とう。  だからといって、まったく求めず放任主義というのも問題だ。子どもは未熟な存在であるから、親が導き教えることは必要だ。基本的なしつけはもちろん、豊かな感受性や心のやさしさなど、人として大切なことは必ず教えていきたい。

子どもを尊重し、求め過ぎる気持ちを手放すと、子どもが元気になるだけでなく、親自身も思い通りにならないことにストレスを感じることがなくなり、心から子育てを楽しめるようになる。かけがえのないわが子への素直な愛情のままに、子どもの成長を見守りながらともに過ごす時間を大切にしてほしい。

男女別「求めない子育て」の秘訣

「男らしさ」「女らしさ」も実は社会のイデオロギー。「女の子だから」「男の子だから」という押し付けも、子ども本来の個性を伸ばす上で障壁になることがある。そういったことに固執せず、そのままのわが子を受け入れ、それぞれの個性を伸ばしてあげよう。
しかし、子育ての中で生じる悩みは、女の子と男の子で違うこともあるようだ。ここでは、男女別の注意点を考えてみたい。

女の子編

 女の子は、母親にとって同性ということもあり、理解しやすく近い存在になれるが、時にはライバルにもなりやすく、心の葛藤を抱く母親は少なくないという。成長する娘に女の部分を見て嫌悪感を抱いたりコンプレックスを感じてしまうことも。

 同性であるがゆえのそういった心の葛藤は、自分自身を見つめなおすチャンスでもある。娘に対して感じる嫌悪感は、実は自分の中の見られたくない部分である場合が多いという。また、「こうあるべき」という自らの理想の女性像を娘に求めているのかも知れない。自分自身を鏡に映すように、自分の内面を見つめてみてはどうだろう。

男の子編

 異性である男の子は、母親にとって不可解に映ることもしばしば。理解が難しいこともあるかも知れない。そんなときには父親に任せたり、両親や親戚、地域の人に相談してみよう。

反対に、理想の男性像を息子に投影し、息子に執着したり、つい恋人のような感覚で息子との関係を築いてしまうことも。しかし、男の子は成長とともに親離れをし、「離れてほしい」というサインを発する。そのとき、寂しさやとまどいに悩んでしまうことがないよう、「いつかは離れていく」という気持ちを持ちながら接しよう。

男女の「脳」の違い

 脳科学では、目・耳・脳のしくみの違いにより、男女それぞれの得意不得意が明らかになっている。

 目の働きでは、男の子は遠くのものや全体を把握する能力が高く、女の子は近くのものを細かく見る能力が優れている。そのため、女の子は相手の髪型や服装などといった細かな変化に気づきやすく、反対に男の子はプラモデル作りなどで優れた全体把握能力を発揮する。

 耳も同様に、おおざっぱな感覚で聞いている男の子に比べ、女の子は声の違いや音が聞こえる方向もしっかりと把握することができる。

 そして脳は、言語中枢が発達し頭の回転が速いのは女の子。同時に複数のことをこなすことが難なくできる。一方、男の子はひとつのことしかできにくくなっている。しかし、勉強が高度になりつつある小学校高学年になると、男の子は優れた空間認知中枢を使って能力を発揮するようになる。

 これらのことを知っておくと、失敗を許す手がかりになったり、それぞれの特性を生かした教育のヒントにもなるだろう。