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「うちの子はやればできるのに…」と「不登校」

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本当にできるの?

 「うちの子はやればできるのに…」と親御さんは思っていても専門家に調べてもらうと、実はもともと「できない」ことが証明される。このような子が思ったよりも多く存在していることをご存知でしょうか。物忘れが激しい・数字は得意だけど漢字は苦手・言葉で伝えるのが苦手・コミュニケーションが取れない・攻撃的ですぐトラブるなど、自分が普通だと思っている親御さんが、このような自分の子供を見たときに不安を募らせ、その裏返しで「うちの子はやればできるのに…」という言葉が出てしまうのではないでしょうか。

「できない」理由

 やろうと思っても「できない」の具体例には、発達障害(AD/HD・PDD)や学習障害(LD)、高機能自閉症(アスペルガー症候群)などがあります。まず、やろうと思うことが「できない」、やるべきことを理解することが「できない」子供が存在することを知ってください。この障害という日本的な命名により誤解や疑いが生まれて、肩身の狭い思いを強いられることもありますが、誰もが苦手と得意があるように、このような子たちは苦手の部分が大きい反面、得意の部分が大きくなる可能性も持っています。「障害」と言葉はついていますが、とらえ方を変えれば「才能」であるとも考えられます。

 その例として物忘れが激しい学習障害をカミングアウトしているハリウッド俳優のトム・クルーズさんは、台詞覚えの悪さを録音しながら覚えたり、セリフではなく独自のイメージで覚えるなどして補い、その深い演技力を見出したそうです。テレビのレポーターなどは「そこまで聞くか?」と思うことまで聞くことができ、生まれ持った攻撃的な性格が生かされていると思います。普通は相手の気持ちを考えることが先立ってできないことですが、ある種の才能です。「できない」ことも才能の一部で、才能を引き出すツールにもなると考えられるのではないでしょうか。

当たり前にいた
「のび太とジャイアン」

 これらの障害等は現在6〜10%程度の確率で小中学生に認められていますが、20年前には障害としては存在せず、当たり前のものとしてあったのです。現代社会においてはその子たちが生活しにくい環境にあり、目立ってきてしまっているということのようです。最近よく耳にする「のび太ジャイアン症候群」でいうと、ドラえもんに登場するいじめっ子といじめられっ子ですが、実はAD/HD(注意欠陥・多動性障害)の同じ心の病だというのです。理解力に乏しく、すぐにかんしゃくを起こすのび太・攻撃的で、すぐに手が出るジャイアン、私たちが子供のころを思いおこすと、このような子は身近に存在していたのではないでしょうか。分かってもらえない、理解されない子供たちが理解されてきたことは進歩であると思います。一人ひとりに特性があり、お互いが理解し合い、それを生かせる社会を築き上げていくことが求められているようです。

 さらには、周囲の目をとても気にしなくてはならないのが現代社会でもあります。自然のうちに周囲と自分の子供を比べて見ていることが多いのではないでしょうか。ゆとり教育の20代〜偏差値教育の40代、その世代が親となり子供を見ています。子供たちには様々な思いの視線が向けられているのです。「やればできる」の先入観で見つめられ、周囲といつも比べられ、個性は押さえつけられ、それらが「できない」子供に向けられた時にその子供たちはどうなっていくのでしょうか。

みんなちがってみんないい

 ここで、金子みすゞさんの「わたしと小鳥と鈴と」という詩をご紹介します。「私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面(じべた)を速くは走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のようにたくさんの唄はしらないよ。鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」この詩は、NHK教育テレビの子供向け番組で歌われています。「みんなちがってみんないい」子供向けの番組で取り上げられるように、現代社会において一番求められていることなのだと思います。十人十色で良いのではないでしょうか。

 その現代社会における社会問題のひとつが「不登校」です。そして、「できない」子供たちの存在と、「不登校」の問題がリンクされてもきています。「不登校」の定義は「学校復帰」を前提としたものです。大人になって分かることが多いですが、初めから「学校だけが人生じゃない」という子供はおりません。学校へは行かなくてはならない、親御さんも子供以上に学校へは行かせなければならないという気持ちを持つはずです。なぜ、学校へ行かなくなってしまうのでしょうか。何が「不登校」の子供たちの心の中にあるのでしょうか。理解できない方が多いのではないでしょうか。

「できない」を経験しよう

 目を閉じて、片足立ちをして1分間我慢してください。そのあなたに「ふらふらするな!」「じっとしていろ!」「うごくな!」と罵声が飛ぶことしたら、「出来るわけがないだろう」「できない」という感情が芽生えるはずです。「できない」子供の気持ちを知る一番の方法という事を、あるセミナーで経験しました。「うちの子はやればできるのに…」と思う前に「できないかもしれない」と思うことができたら、その子は救われるのかもしれません。「できない」ことに対し、「やれ」や「がんばれ」、「なんでできない?」などの言葉が掛け続けられるとしたら、家庭でも学校でもそれが続くとしたら、その子はどんな思いになるのでしょうか。目を閉じて片足立ちをして考えてみてください。

「不登校」と結びつく?

 さらに不登校は経験不足になりがちですので、大人やできる周囲のペースでは辛く、さらに発達障害の子が多く当てはまるようになるようです。ある統計からですが、PDD(広汎性発達障害)の不登校、引きこもりは40%に上るそうです。また、転校経験者の不登校経験は87.1%、そのうち70.6%に発達障害があるというデータがあります。不登校の原因として予想以上に多いと感じられることと思います。

 「不登校」の定義は「学校復帰」を前提としたものであるにもかかわらず、不登校の最終的な解決とは、自分で考えて、自分で決定し自分で行動できるようになることなのだそうです。皮肉なことに「自立・社会化」は「学校教育の目標」そのものなのです。その「不登校」を改善するチャンスは、クラス替えや小学校から中学、中学から高校など、変わる時なのです。もし、周囲に「不登校」のお子さんがいたら、そのチャンスに「できないかもしれない」「みんなちがってみんないい」を心がけて接してみてください。もちろん、ここに書いた障害等を疑うことなどの先入観は必ず捨てて接してください。「不登校」の子供は、困った子ではなく困っている子なのですから。

〜私には人並の才能があるという質問に対しての統計〜

『私は人並みの才能がある』

■日本:15.6%
■米国:56.8%
■中国:49.3%

『私は自分に大体満足している』

■日本:9.4%
■米国:53.5%
■中国:24.3%

『私は他の人に劣らず価値がある』

■日本:8.8%
■米国:51.8%
■中国:49.3%

そもそも日本人の性格として典型的なものが、遠慮がちである。奥ゆかしさを大切にする文化が影響しているのではないか。統計を見ても日本人は自信がないことが分る。不登校に陥りやすいのでは?